東京高等裁判所 昭和31年(う)2599号 判決 1958年11月18日
被告人 遠藤秀雄 外二名
控訴人 各被告人 及び弁護人 清水昌三 外一名
検察官 沢田隆義
主文
原判決中被告人三名に関する部分を破棄する。
被告人佐山直を懲役一年六月に同遠藤秀雄同南須原清正を各懲役一年に処する。
被告人遠藤秀雄同南須原清正に対しいづれもこの裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
原審訴訟費用中国選弁護人清水昌三に支給した分は被告人南須原清正の負担としその余の分は被告人三名及び原審相被告人御守定雄の連帯負担とし当審訴訟費用中証人大川光春(第一回)同有村兼明(第一回)同関沢勝夫及び同広木保に支給した分は被告人遠藤秀雄同南須原清正の連帯負担としその余の分は被告人佐山直の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は被告人佐山直その弁護人森長英三郎青木彦次郎連名提出並びに被告人遠藤秀雄同南須原清正の弁護人清水昌三提出の各控訴趣意書に記載されたとおりであるからここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。
一、佐山被告人の控訴趣意一の第一点同補充書一の一乃至四並びに森長青木両弁護人連名の控訴趣意一について。
原判決が判示第一の各事実の認定について挙示した各証拠を総合すれば、被告人は千葉県弁護士会所属弁護士として判示のような業務に従事していた者であるが、張能三郎外十四名から同人等が債権を有する匿名組合日本殖産金庫の財産及び債権に対する仮差押の申請等の法律事務を依頼せられ、判示年月日頃同人等から右仮差押手続のため千葉地方法務局松戸支局に保証金として供託すべき現金合計五十五万円を預り、一部は前記支局に供託したがその後返還を受け、これを夫々業務上保管中、判示のとおり、その頃十五回に亘り松戸市内でほしいままに自己の生活費等に費消して横領したものであることを認めるに充分である。
所論は、先ず、弁護士が民事事件の解決を委任された場合、委任者との清算は委任事務終了のとき報酬等を差引いてこれをなすのが弁護士業務の慣習であるが、本件については委任事務は未だ終了せず、従つて清算時期も到来していないから、被告人が一時判示金員を自己の用途に費消しても横領罪を構成しないと主張する。しかしたとえ所論のように清算が委任事務終了のときになされるとしても、判示横領の目的物たる金員は被告人が各依頼者から他の金員と区別され特に供託保証金として供託すべき約の下に預つたものであることが証拠上明らかな本件においては、右供託保証金は、被告人が依頼者のため右約旨に従つて供託し、用済の上は依頼者に返還し、または依頼者のために保管すべき依頼者所有の金員であるから、弁護士といえども時期の如何を問わず、これをほしいままに自己の用途に費消することは許さるべきでなく、これをほしいままに費消した被告人の所為は業務上横領罪を構成するものというべきであつて、委任事務終了後返還に応じないとき初めて横領の犯意の発現があり同罪が成立するとの所論は当らない。
次に所論は、判示第一の各事実中には訴訟の目的を達し現実に債権額を受領し依頼者として満足しているものがあるから、罪に問われるいわれはないと主張する。なる程、判示第一の一乃至六の各事実については、依頼者張能三郎外二名が被告人の処理した訴訟及び強制執行の結果前記日本殖産金庫に対する債権三十数万円の内二十万円余の取立に成功したことは所論のとおりであるが、被告人は右取立金を右張能等に引き渡す際成功報酬として金二万円をその内から差引き受領していることが証拠上明らかであり、右張能等が判示供託保証金を被告人に贈与しまたは被告人がこれを流用することを許容したものと認むべき証拠の存しない本件の場合、たとえ張能等が被告人の努力の結果に満足しているとしても、また爾後において一部の弁償がなされたとしても、右は何等犯罪の成否に消長を及ぼすものではない。
また判示第一の九乃至十二の各事実につき横領金額合計十六万円の内十二万円が本件検挙前返還済であることは所論のとおりであるが、右は犯行当時から相当期間を経過した後依頼者等の強い請求に基いて返還されたものであることが証拠上明らかであるから、これまた犯罪の成立を左右すべき事由とは認めがたい。
更に記録を精査しても、原判決には、所論のような事実誤認または法律解釈の過誤は存しない。論旨は理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 谷中董 判事 坂間孝司 判事 司波実)
被告人佐山直の控訴趣意
一、原審判決は事実を誤認している。
第一点判示第一の事実に対し左の点に誤認がある。
(イ) 判示第一の各事実の内容である受任民事事件は当時(本件起訴)所轄裁判所に係属中であり委任事務は終了していない。従つて精算期に達せず供託金返還の時期は到来していない。
(ロ) 弁護士業務特に委任事務の処理の方法、慣習等の実情を全然無視した判断である。
(ハ) 右受任事件の係争中に突如本件を傍証的に起訴し、身柄を拘束の上一件記録を押収したため精算の時期を失つたものである。
(ニ) 右判示第一事実中には一審勝訴或は認諾等の結果を得て訴訟の目的を達し現実に債権額を受領しており委任者は満足している事実がある。
(ホ) 判示第一事実中九乃至十二の各事実に就ては供託金は返還済であり、報酬金其他の差引の精算金残額が若干ある程度である。
(その他の控訴趣意は省略する。)
被告人佐山直の補充控訴趣意書
一、原審判決の事実誤認と量刑不当に付
(一) 判示第一の一乃至六の各事実(受任民事事件)には左の通りの事情がある。
(イ) 受任民事事件は三件とも勝訴判決(証第一号証)を得ている。
(ロ) 右勝訴判決を以て相手方の所有動産に対し強制執行の結果競売売得金弐拾弐万壱千百弐拾円を得て各当事者に配当済である。(証第九一〇号証参照)
(ハ) 受任事件勝訴の場合は報酬金を受領すべきであるが、精算不能(身柄勾留のため)となり現在まで受領していない。
(二) 原審判示第一の七乃至十二の各事実に就ては
(イ) 受任民事事件三件とも相手方の認諾を得て認諾判決により訴訟の目的を達している。
(ロ) 右認諾判決を以て強制執行中に本件が起訴され身柄を勾留し一件記録も押収したため手続不能となつた。
(ハ) 受任事件の供託金中拾弐万円也は返還済である。(証第十二号証参照)
尚他に返還済の書証あるも一件記録が検察庁より誤つて樋口利一に還付されたため立証不能になつている。(書類取寄申請中)
(三) 原審判示第一の一三の事実に就ては
保管金拾万円也の中金七万円也を返還済である。(証第一三、一四号各書証参照)
(四) 原審判示第一の一四の事実に就ては
保管金中既に参万円也を三回に支払い(昭和三十二年四月八日、同八月六日、同九月一日)今後毎月末金壱万円宛を割賦支払のため折衝中
(その他の控訴趣意は省略する。)
弁護人森長英三郎、同青木彦次郎の控訴趣意
一、業務上横領について(判示第一)
原判決第一の(一)ないし(十五)の日本殖産に関するこの一連の事実は、未だ結着していないことは、佐山の法廷における供述で明らかである。そして本件起訴当時佐山は弁護士であつたが、別にこの事件の依頼者から解任もされておらないのである。事件終結し、あるいは解任等により代理権消滅してはじめて清算し、報酬をさし引き返還することが弁護士業務の慣習でもある。この時返還に応じない時にはじめて横領の犯意が発現する。事件終了せず、代理権消滅もなかつた本件では横領の犯意の発現するによしないものである。原判決はこの点において事実誤認、法律解釈の誤りがある。
(その他の控訴趣意は省略する。)